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京都地方裁判所 昭和32年(わ)784号 判決

被告人 杉本栄造 外七名

主文

被告人徳田和重、同大久保信、同甲良富司を各懲役参月に、被告人世良茂美を罰金壱万円に各処する。

被告人世良茂美において右罰金を完納することができないときは金弐百円を壱日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中証人松村武春、同並川明、同池田嘉一、同半田光子に各支給した分は被告人徳田和重、同大久保信、同世良茂美、同甲良富司の連帯負担とする。

本件公訴事実中、昭和三十二年八月十日付起訴状記載の被告人杉本栄造に対する賭場開帳、被告人田辺仙太郎、同羽賀宗一、同大久保信、同山田忠治、同世良茂美、同甲良富司、同松本実に対する各賭場開帳幇助の点はいずれも無罪。

理由

被告人徳田和重、同大久保信、同世良茂美、同甲良富司は外数名と共謀して昭和三十二年四月十八日午後三時頃京都市北区平野宮本町一番地平野神社境内で飲酒の上、些細なことから松村武春(当時三十一歳)、並川明(当時二十五歳)、池田嘉一(当時三十八歳)、半田光子(当時三十四歳)等と喧嘩口論をなし、同人等に対しそれぞれ頭部、顔面等を殴打したり蹴る等の暴行を加え因て松村武春に対し治療二週間を要する顔面裂創を、並川明に対し治療三週間を要する頭部血腫並びに打撲傷、左環指擦過傷、腰部打撲傷、鼻出血を、池田嘉一に対し治療五日間を要する前額部打撲による血腫を半田光子に対し治療五日間を要する前額部打撲による血腫をそれぞれ負わせたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

前科

被告人徳田和重は昭和二十八年七月八日倉吉簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年六月に、被告人大久保信は昭和二十九年十月二十日京都地方裁判所で傷害公務執行妨害罪により懲役十月に各処せられ当時いずれも右各刑の執行を受け終つたものであり右各事実は被告人徳田、同大久保の当公廷における各供述と検察事務官作成の各前科調書によつて認める。

(法令の適用)

各刑法第二百四条罰金等臨時措置法第二条第三条刑法第六十条(被告人徳田、同大久保、同甲良については各懲役を、被告人世良については罰金刑を各選択)以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるが、被告人徳田、同大久保については前示前科があるから同法第五十六条第五十七条により各累犯加重し、同法第四十七条本文第十条(犯情最も重いと認める並川明に対する傷害罪の懲役刑に法定の加重)第十四条、被告人甲良については同法第四十七条本文第十条(犯情最も重いと認める並川明に対する懲役刑に法定の加重)、被告人世良については同法第四十八条第二項

被告人世良の労役場留置につき同法第十八条、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文第百八十二条

本件公訴事実中昭和三十二年八月十日付起訴状に

第一、被告人杉本栄造は渡辺弁次郎と共謀の上、昭和三十二年七月二十日午後九時四十五分頃から午後十一時二十分頃までの間、京都市上京区鞍馬口通大宮西入ル西若宮南半町百七十二番地被告人世良茂美方階下十二畳の間に賭博場を開帳し、大嶋秀之進外九名をして骰子、骨牌等を使用し、金銭を賭し、俗に「おつちよこ」(賽本引ともいう)と称する博奕をさせ賭者より寺銭名下に金銭を徴収して利を図り、

第二、被告人田辺仙太郎、同羽賀宗一、同大久保信、同山田忠治、同世良茂美、同甲良富司、同松本実は前記日時場所で被告人杉本が右犯行をなすに際し、その情を知りながら

(一)  被告人田辺は賭金の保管、利得金の計算分配等の所謂代貸の役目をなし

(二)  被告人羽賀は前記大嶋外九名が所謂張手となつて金銭を賭すのに際して、その相手方となつて骰子を振る所謂胴の役目をなし

(三)  被告人大久保は寺銭徴収等の所謂合力の役目をなし

(四)  被告人山田、同世良、同甲良、同松本は賭客に骨牌を配布し、客の所用をたし又は賭場内外の見張等の役目をなし

以ていずれも被告人杉本の前記犯行を容易にして之を幇助し

たものであり、第一の事実は賭場開張罪であつて刑法第百八十六条第二項、第二の事実は賭場開張幇助罪であつて同法第百八十六条第二項、第六十二条第一項に該当する。

というのである。

仍て案ずるに中西正一、田中平八郎、米田元三郎の検察官に対する各供述調書謄本、証人大嶋秀之進、同奥久雄、同西秀吉、同宮本武蔵、同福住久弥、同岡本南徳の当公廷における各供述と田辺仙太郎の検察官に対する第一回、第二回各供述調書を綜合すれば、被告人杉本栄造は渡辺弁次郎と共謀して昭和三十二年七月二十日午後九時四十五分頃から午後十一時二十分頃までの間、被告人世良茂美の肩書住居の階下十二畳の間に開設してある賭博場で、被告人田辺を所謂代貸の役目、被告人羽賀を所謂胴の役目、被告人大久保を所謂合力の役目、被告人山田、同世良、同甲良、同松本を賭客に骨牌を配布し、客の所用をたし又は賭場内外の見張等の役目をそれぞれ受持たせ、胴の役目を受持つた被告人羽賀と賭客である大嶋秀之進外九名と骰子、骨牌等を使用し金銭を賭し俗におつちよこ又は賽本引と称する博奕をしたことを認めることができる。そして検察官は被告人杉本はその際賭者より寺銭名下に金銭を徴収して利を図り以て賭場を開張した旨主張し、又被告人田辺、同羽賀、同大久保、同山田、同世良、同甲良、同松本はいずれも被告人杉本の右寺銭を徴収して利を図り賭場を開張する情を知りながら、前記のような各役目をしたから被告人杉本の賭場開張を幇助したものである旨主張するのであるが、被告人田辺仙太郎の検察官に対する第一回、第二回各供述調書と証人田辺仙太郎の当公廷における供述、被告人大久保信の検察官に対する昭和三十二年八月七日付第一回、第二回各供述調書、神山清三郎の検察官に対する供述調書を綜合すれば、前記賭博場は昭和二十七年頃より渡辺弁次郎と被告人杉本栄造とが共同で経営して来たところ、渡辺弁次郎が昭和三十一年九月頃脳溢血のため身体の自由を失つてからは専ら被告人杉本栄造が賭博場の従業員たる被告人田辺以下の右被告人等を監督し、毎日賭博場を開く所謂常盆と呼ばれる賭博場を運営して来たが、賭博に要する賭金所謂胴金は昭和三十一年十一月頃からは渡辺と被告人杉本が各四、神山清三郎が二の割合を以て出資し、この出資金を賭銭たる胴金とし、胴の役目を受持つた被告人羽賀が賭客と金銭を賭し骰子、骨牌等を使用して、おつちよこ賭博をして勝負を争い、胴が勝つたときは勝金の中から先ず勝金の一割を「かま」と称して積立て、残りの二割を「いき寺」と称して積立て、残余を「いきぶ」と称して積立て、右「かま」は賭博場の従業員たる被告人田辺、同羽賀以下の被告人等の日当として分配し、「いき寺」は経営者たる渡辺と被告人杉本とが等分して取得し、「いきぶ」は之を二分してその一は之を四、四、二の割合に分割し、渡辺と被告人杉本が各四、神山清三郎が二の割合を以て取得し、残余の一は之を十三等分し、その中九を従業員たる被告人田辺等九人が各一を取得し、残余の中二は「出もの」と称し日常の経費に積立て、その余の二は渡辺弁次郎と被告人杉本栄造が各一を取得する建前となつているのであるが、昭和三十二年一月中旬頃以後は胴が敗けることが多くなつたため「かま」の額が少くなり、従業員たる被告人田辺等の日当が少くなつたため従業員一人当り大体毎日四百円に達するよう「いきぶ」の中から引いて「かま」に足していたことを認めることができる。又この賭博場においては「ひげ寺」と称し各勝負毎に勝つた賭客の勝金の一分に相当する金額を胴金から積立て之を渡辺弁次郎と被告人杉本栄造とが取得していたことを認めることができる。そしてこの賭博場においては賭客より寺銭、入場料、茶代、下足代その他の名義の金銭は一切徴集していない事実をも認めることができる。以上のように「かま」、「いき寺」、「いきぶ」は賭博によつて得た金銭の分配方法であり、「ひげ寺」は各勝負毎に敗けた金額の一分を胴金より積立てて之を渡辺と被告人杉本とが収得するに過ぎないものである。そして右の「いき寺」及び「ひげ寺」は経営者の渡辺と被告人杉本が平等分配し、神山清三郎は之が分配にあづからないからこの点において被告人杉本と渡辺とが、この賭博場を開設して利益を図つたように見えるけれども神山清三郎は元来渡辺、被告人杉本と共にこの賭博場の出資者であり単にその比率が渡辺、被告人杉本が各四、神山が二の割合というに過ぎないし、神山は賭客ではなく従つてこの賭博場における或る特定の賭博の胴元となつて張手の賭客と勝負を争うものでもないのであるから(若し神山が特定の賭博に臨んで当日の胴金を出し、胴元となつて張手の賭客とおつちよこ賭博をなし、渡辺と被告人杉本が前記のような「いき寺」「ひげ寺」を取得したとするならば、この「いき寺」「ひげ寺」は明かに寺銭の性質をおび、渡辺、被告人杉本は賭場開張の責任を負わなければならないであろう)前記「いき寺」「ひげ寺」は賭客より徴収する寺銭ということはできない。そして昭和三十二年七月二十日夜被告人杉本が前記賭博場において胴元を引受ける第三者の出現するのを待受けていたと認めるに足る証拠もないから、被告人杉本に賭客より寺銭を徴収して利を図つたという賭場開張の責任乃至寺銭徴集の目的を以て賭博をさせる設備をして賭場を開張したという責任を負わせることができない。従つて被告人田辺、同羽賀、同大久保、同山田、同世良、同甲良、同松本に賭場開張幇助の責任を負わせることもできない。

仍て被告人杉本に対する賭場開張、被告人田辺、同羽賀、同大久保、同山田、同世良、同甲良、同松本に対する各賭場開張幇助の本件公訴事実はいずれも罪とならないものとして刑事訴訟法第三百三十六条によりいずれも無罪の言渡をする。

仍て主文の通り判決する。

(裁判官 石原武夫)

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